行列表示:複素数・四元数・Pauli行列

POINT

  • 行列表示とは,ベクトル空間の基底を単位ベクトルとみなすこと.
  • 複素数の行列表現・四元数の行列表現・Pauli行列を簡単に導出できることを確かめる.

線形代数や量子力学では「線形写像/演算子を行列表示しなさい」という問題に出会います.この記事では,「行列表示」とは一体何なのかについて解説します.また,簡単な応用例として,

  • 複素数の行列表現
  • 四元数の行列表現
  • Pauli行列(量子力学)

を導出します.

行列表示とは?

結論からいうと,「演算子$\hat{A}$(あるいは線形写像$f$)を基底$x_1,x_2,...,x_n$について行列表示せよ」とは,
$x_i$を
\begin{aligned}
e_i=
\begin{pmatrix}
0 \\
\vdots \\
1\\
\vdots \\
0
\end{pmatrix}
(i~~~
\end{aligned}
とみなしたときに,演算子$\hat{A}$(あるいは線形写像$f$)が行列でどう表わされるか考えよ
という意味です(参考:数学では「同型写像により同一視している」といいます).

一般的に,行列$M$とベクトル$e_i$の間には

\begin{aligned}
M=(Me_1,...,Me_n)
\end{aligned}
という関係があります(参考記事[1]).

この性質から,「$\hat{A}$の行列表示$A$」は$\hat{A}x_1,...,\hat{A}x_n$を計算すれば求めることができます.以下では,$\hat{}$がついてない$A$を,「演算子$\hat{A}$の行列表示」の意味で用います.


実際,$\displaystyle \hat{A}x_i=\sum_j a_{ji} x_j$と表せるとき,$x_i$を$e_i$と思えば,$\displaystyle Ae_i=\sum_j a_{ji} e_j$ですから,

\begin{aligned}
A
&=(Ae_1,...,Ae_n) \\
&=
\begin{pmatrix}
a_{11}&\cdots&a_{1n}\\
\vdots&\vdots&\vdots\\
a_{n1}&\cdots&a_{nn}
\end{pmatrix}
\end{aligned}
と$\hat{A}$の行列表示$A$が導かれます.

【例】複素数の行列表現

複素数$z=a+ib\quad(a,b\in\mathbb{R})$は,$1$と$i$を基底とする2次元のベクトル空間とみなすことができます.そこで,複素数$z=a+ib$を基底$\{1,i\}$について行列表示することを考えましょう.

上で触れたように,行列は基底の変換先が決まれば求めることができます.従って,$z=a+ib$を掛けるという線形写像の行列表示は

\begin{aligned}
&(a+ib)\cdot 1=a+ib\\
&(a+ib)\cdot i=-b+ia
\end{aligned}
だけからわかります.つまり,$1$を$\begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix}$,$i$を$\begin{pmatrix}0\\1\end{pmatrix}$とみなせばよく,
\begin{aligned}
\begin{pmatrix}
a&-b\\
b&a
\end{pmatrix}
\end{aligned}
であることがわかります.これは,回転行列を求めるのと全く同じ手法です(参考記事[1]).

Wikipediaの表式と同じになっていることも確かめてみてください:複素数 - Wikipedia

【例】四元数の行列表現

四元数の行列表現も,複素数と全く同じ考え方で導出できます.但し,複素ベクトル空間として捉えるか,実ベクトル空間として捉えるかで行列表現が変わってきます.今回も,導出した行列表現をWikipediaと比較してみてください(四元数 - Wikipedia)

複素ベクトル空間としての行列表現

四元数$q=a+bi+cj+dk\quad(a,b,c,d\in\mathbb{R})$が
\begin{aligned}
q=(a+ib)+(-j)(-c+id)
\end{aligned}
と表せることに着目しましょう.ここで,$a+ib,-c+id\in\mathbb{C}$ですから,四元数は$\{1,-j\}$を基底とする複素ベクトル空間とみなすことができます.

四元数を$1,-j$に掛けると

\begin{aligned}
&\left[(a+ib)+(-j)(-c+id)\right]\cdot 1 \\
&=(a+ib)+(-j)(-c+id)\\ \\ \\
&\left[(a+ib)+(-j)(-c+id)\right]\cdot (-j) \\
&=(a+ib)(-j)+(-j)(-c+id)(-j)\\
&=(-j)(a-ib)+(-j)(-j)(-c-id)\\
&=(c+id)+(-j)(a-ib)
\end{aligned}
となることから,行列表現が求まります:
\begin{aligned}
\begin{pmatrix}
a+ib&c+id\\
-c+id&a-ib
\end{pmatrix}
\end{aligned}

実ベクトル空間としての行列表現

全く同様に,$\{1,i,j,k\}$を基底とする4次元実ベクトル空間と見ることもできます.この場合は$4\times 4$行列として表現できます.導出は省略します.

【例】Pauli行列

次に,Pauli行列の導出を考えてみましょう.これはつまり,
スピン演算子$\hat{s}_x, \hat{s}_y, \hat{s}_z$を基底 $\{|+\rangle,|-\rangle\}$について行列表示しなさい.
という問題です.

スピン演算子を復習しておくと,$\hat{s}_x, \hat{s}_y, \hat{s}_z$は

\begin{aligned}
\hat{s}_x|\pm\rangle &=\frac{\hbar}{2}|\mp\rangle,\\
\hat{s}_y|\pm\rangle &=\mp i\frac{\hbar}{2}|\mp\rangle,\\
\hat{s}_z|\pm\rangle &=\pm \frac{\hbar}{2}|\pm\rangle
\end{aligned}
を満たすような演算子です.

従って,$|+\rangle$を

\begin{aligned}
\begin{pmatrix}
1 \\
0
\end{pmatrix}
\end{aligned}
, $|-\rangle$を
\begin{aligned}
\begin{pmatrix}
0 \\
1
\end{pmatrix}
\end{aligned}
と思えば,
\begin{aligned}
s_x
&=\frac{\hbar}{2}
\begin{pmatrix}
0&1\\
1&0
\end{pmatrix}, \\
s_y
&=\frac{\hbar}{2}
\begin{pmatrix}
0&-i\\
i&0
\end{pmatrix},\\
s_z
&=\frac{\hbar}{2}
\begin{pmatrix}
1&0\\
0&-1
\end{pmatrix}
\end{aligned}
と行列表示できることがわかります.


ここで出てきた行列をPauli行列と呼びます:

Pauli行列
\begin{aligned}
\sigma_x
&:=
\begin{pmatrix}
0&1\\
1&0
\end{pmatrix}, \\
\sigma_y
&:=
\begin{pmatrix}
0&-i\\
i&0
\end{pmatrix},\\
\sigma_z
&:=
\begin{pmatrix}
1&0\\
0&-1
\end{pmatrix}
\end{aligned}

参考文献/記事