ポートフォリオ理論

POINT

  • リスクを最小にするポートフォリオを決定する理論の解説.
  • 求めるリターン(或いは許容できるリスク)が人それぞれのため,選ぶべきポートフォリオは個々人で異なる.

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おすすめのポートフォリオを提案しているwebページを見たことはありますか?例えば,次の記事では,目指す利回り(リターン)を実現するためのポートフォリオを紹介してくれます.
目標利回りに合う資産配分を考える | モーニングスター

確定拠出年金のサービスを提供する証券会社が増え,このような記事を目にすることが多くなりました.こうしたポートフォリオはどのように決定されているのでしょうか?

実は,理論的に

  • あるリターンのもとで,リスクを最小にするポートフォリオ

あるいは,

  • あるリスクのもとで,リターンを最大にするポートフォリオ

を決定する方法があります.従って,私たちは「自分がリターンを得るために負うことができるリスク」を決め,この理論に従ってポートフォリオを選ぶことになります.

それでは,具体的な理論の中身について見てみましょう.

効用関数

私たちは,投資に期待するリターンをどのように決めているのでしょうか.これを知るためには,私達がリターンから得る「満足度」について知る必要があります.この関係性を表現するのが「効用関数」です.


一般的に,所有している財産の大きさ$x$に対して,効用(満足度)$u(x)$を対応させる関数を「効用関数」と呼びます.効用関数は以下の性質を持ちます:

効用関数の性質
  • 財産が大きいほど満足度は大きい(効用関数$u$は単調増加).
  • 財産が大きくなるほど,追加で財産を得たときの満足度は小さくなる(効用関数$u$は凹関数).

つまり,効用関数をグラフで表すと次のようになります(*1):

効用関数

図の「効用関数1,2」で表されるように,財産を得たときの効用の上昇の仕方は人それぞれです.上昇の仕方が緩やかな効用関数2を持つ人の方が,効用関数1を持つ人よりも「リスクを回避している」と言えます.なぜなら,追加で財産を得ても満足度が高くならないのであれば,大きなリスクを取ってまでリターンを求める必要が無いからです.このように,上で触れた「リスク許容度」は,効用関数によって決まります(*2).

通常,他人の効用関数を知ることはできません.しかし,定性的に効用関数を比較できる場合があります.例えば,「若者」と「お年寄り」です.若者は,お年寄りに比べると

  • 残りの人生で必要とするお金の量が多い
  • お金の使い方に,より多くの選択肢がある

と考えられます.従って,同じ金額のお金に対する満足度は,お年寄りよりも若者のほうが高いはずです.よって,若者の方がリスク許容度は大きく,より大きなリターンを望むことになります.


これに加え,

  • 若者は働くことで賃金を得ることができ「たとえ短期間の投資に失敗しても,また資本をつくることができる」
  • 長期的(20〜30年)には,株式は債券よりもリターンが高くなるという歴史的事実がある(*3

ことから,

  • 「若いうちはリスクを取って,年を取ってきたら元本保証型への投資比率を高めるべき」

と言えます.

効率的ポートフォリオ

さて,どんな効用関数をもつ投資家も

  • リターンが同じならば,リスクが低くなるように投資する

はずです.ここでは,同一リターンのポートフォリオの中でリスクを最小にするもの(効率的ポートフォリオ)を実現する方法を調べます.

2資産のポートフォリオ

資産1と資産2を「$w_1:w_2$の割合」で組み合わせて運用することを考えます(つまり,$w_1+w_2=1$を満たす.また,資産$i$の空売りを考えるには$w_i<0$の場合を考えれば良い).

ここで,

記号 意味 分類
$X_0$ 投資する金額 定数
$X_1$ 投資で回収する金額 確率変数
$R_\mathrm{P}$ ポートフォリオのリターン 確率変数
$R_i$ 資産$i$のリターン 確率変数


とするとき,投資による利益は
\begin{align}
X_0R_\mathrm{P}
&=X_1-X_0\\
&=\left(w_1X_0\right)R_1+\left(w_2X_0\right)R_1
\end{align}
です.従ってリターンに関する関係式
\begin{align}
R_\mathrm{P}=w_1R_1+w_2R_2
\end{align}
が得られます.従って,ポートフォリオのリターン$R_\mathrm{P}$の期待値と分散は
\begin{align}
\mathrm{E\,}[R_\mathrm{P}]
&=w_1 \mathrm{E\,}[R_1]+w_2 \mathrm{E\,}[R_2]\\
\mathrm{V\,}[R_\mathrm{P}]
&=w_1^2 \mathrm{V\,}[R_1]+w_2^2\mathrm{V\,}[R_2]\\
&\qquad +2w_1w_2\mathrm{cov\,}(R_1,R_2)
\end{align}
となります.以下では,簡単のため$\mu_\mathrm{P}=\mathrm{E\,}[R_\mathrm{P}]$,$\mu_i=\mathrm{E\,}[R_i]$,$\sigma_\mathrm{P}=\sqrt{\mathrm{V\,}[R_\mathrm{P}]}$,$\sigma_i=\sqrt{\mathrm{V\,}[R_i]}$,$\sigma_{ij}=\mathrm{cov\,}(R_i,R_j)$と表すことにします.


ここで,$w_1+w_2=1$を用いれば,上の式から$w_1,w_2$を消去し$\mu_P$と$\sigma_P$の関係式を求めることができます:
\begin{align}
\begin{cases}
\displaystyle
\,\frac{\sigma_\mathrm{P}^2}{a^2}
-\frac{\left(\mu_\mathrm{P}-\mu_0\right)^2}{b^2}
=1
&(\sigma_1,\sigma_2>0\;\text{の場合})\\
\displaystyle
\,\sigma_\mathrm{P}
=\left|\frac{\mu_\mathrm{P}-\mu_2}{\mu_1-\mu_2}\right|\sigma_1
&(\sigma_2=0\;\text{の場合})
\end{cases}
\end{align}
ここで,$a,b,\mu_0$はこの計算で求められる定数です.1つめの式は双曲線の式であり,図示したものが下図左です($\mu_1>\mu_2$, $\sigma_1>\sigma_2>0$の場合を図示しています).2つめの式を図示したものが下図右です.ここで,

  • 実線:空売りなし($w_1,w_2\geq 0$)で実現できる部分
  • 点線:どちらかの資産を空売りする($w_1<0$または$w_2<0$)ことで実現できる部分

を表しています.

2資産のポートフォリオ

この図から,

  • $\sigma_2>0$の場合には,2資産を組み合わせることでリスク$\sigma_\mathrm{P}$を小さくできる
  • $\sigma_2=0$の場合は,資産2に全て投資する場合が一番リスクが小さい

ことがわかります.ここで,赤線部は,青線部と同じリスク(標準偏差)でより高いリターンが得られるポートフォリオとなっていることに注意しましょう.投資家は,自分のとれるリスクをきめ,赤線部からポートフォリオを選ぶはずです.

そして,あとで見るように,この直線上でどのポートフォリオを選ぶかを決めるのが「効用関数」なのです.

$n$資産のポートフォリオ

3資産になった場合は,『「資産1と資産2でつくったポートフォリオ」と「資産3」の2つを組み合わせたポートフォリオ』と考えることができます.実際,この方法で作ったポートフォリオ
\begin{align}
&
\begin{cases}
\, \tilde{w}_1+\tilde{w}_2=1\\
\, R_\mathrm{P}=\alpha\left(\tilde{w}_1R_1+\tilde{w}_2R_2\right)
%+(1-\alpha)R_3
\end{cases}\tag{1}\label{eq:3assets_1}\\
&\qquad\qquad +(1-\alpha)R_3
\end{align}
は,
\begin{align}
\left(w_1,w_2,w_3\right)=\left(\alpha\tilde{w}_1,\alpha\tilde{w}_2,1-\alpha\right)
\tag{2}
\label{eq:w_relation}
\end{align}
と置くことにより,3資産から成るポートフォリオの表式
\begin{align}
\begin{cases}
\,R_\mathrm{P}
=w_1R_1+w_2R_2+w_3R_3\\
\,w_1+w_2+w_3=1
\end{cases}
\end{align}
で表されます.逆に,3資産のポートフォリオは式(\ref{eq:w_relation})を通して式(\ref{eq:3assets_1})の形に変形することができます.//

この結果から,3資産のポートフォリオは無数の双曲線($\sigma_i=0$の資産がある場合は,双曲線と直線)で表すことができます.次節「極値問題としての計算」の方法で計算できるように,境界も双曲線となることがわかります.以上より,3資産を用いて作ることができるポートフォリオは以下のグレーで塗りつぶした部分になります:

3資産のポートフォリオ

この図は,安全資産($\sigma=0$の資産)がない場合です.リターン$r_\mathrm{f}$の安全資産を加えた場合,ポートフォリオで実現できる領域は下図のように変わります:

3資産のポートフォリオ

3資産から成るポートフォリオに関する結果は,帰納的に$n$資産に一般化することができます.

極値問題としての計算

$n$資産の効率的ポートフォリオを求める計算は,「$\mu_\mathrm{P}$を定めたときに,$\sigma_\mathrm{P}$を最小にする投資比率$w_1,...,w_n$を決定する問題」です.これは,数学的には「条件付き極値問題」として捉えることができます.この内容は,大学教養過程の微積分の知識で理解することができます.例えば,次の記事が参考になります:
資料編

※ちなみに,この記事の図はリンク先の記事の式を真面目に計算し,Tikzで作成しています.

ポートフォリオの選択方法

投資家は,これまで見てきた

  • 効用関数
  • 効率的ポートフォリオ

を踏まえてポートフォリオを選択することになります.

具体的には,上で求めた効率的ポートフォリオの中から「期待効用$\mathrm{E}\left[u\left(R_\mathrm{P}\right)\right]$を最大にするもの」を選ぶはずです.

極値問題

期待効用$\mathrm{E}\left[u\left(R_\mathrm{P}\right)\right]$は,投資比率$w_1,...,w_n$の関数となります.従って,

  • 条件$w_1+\cdots +w_n=1$のもとで,$\mathrm{E}\left[u\left(R_\mathrm{P}\right)\right](w_1,...,w_n)$を最大にする条件付き極値問題

を解くことにより投資比率$w_1,...,w_n$を求めることができます.

無差別曲線

さて,この極値問題を$\sigma_\mathrm{P}$-$\mu_\mathrm{P}$グラフ上で幾何学的に捉えてみましょう.そのためには,まず無差別曲線について知る必要があります.

無差別曲線とは,$\sigma_\mathrm{P}$-$\mu_\mathrm{P}$グラフにおける期待効用の等高線のことです.つまり,効用の期待値が等しい点を結んだものが無差別曲線です(下図左).当然,期待リターンが大きい方が大きな効用をもたらすので,上にある曲線ほど効用が高いことを示しています.

では,作成可能なポートフォリオのうちで期待リターンを最大のはどのようなものでしょうか?これは,無差別曲線と可能なポートフォリオの領域を同じ図にプロットすることでわかります(下図右).図の赤線のように,構成可能なポートフォリオ領域と無差別曲線の接点が,期待効用を最大化するポートフォリオとなるわけです.

無差別曲線

参考文献

[1]新・証券投資論I
この記事は,この書籍の1,2章を読んで書いた備忘録です.

[2]微分積分学 ((サイエンスライブラリ―数学))
条件付き極値問題を扱っている書籍として挙げておきます.


*1:効用は「ゼロ点の移動」「スケールの変換」に関して不変であるとされます.このため,2つの効用関数を1つの図にプロットする場合,$y$の大きさで効用関数を比較することは無意味です.例えば,以下で見るように「リスク許容度」は効用の大きさではなく効用関数の曲率で定義されることに注意して下さい.

*2:$x$における(絶対的)リスク回避度は$\left|u^{\prime\prime}(x)/u^{\prime}(x)\right|$,リスク許容度はリスク回避度の逆数で定義されます.

*3:例えば行動経済学入門 (日経文庫)