- Planckの輻射公式・Stefan-Boltzmannの法則・形態係数の導出
- スペクトルを計算する
機会があれば,場の理論的なアプローチも扱いたいと思っています.
【関連記事】
[A]放射量と測光量 - Notes_JP
[B]黒体輻射のスペクトル(Pythonコード) - Notes_JP
黒体とは
あらゆる電磁波を吸収する物体を黒体 (Black body)と呼びます.例えば,「空洞」に,空洞に比べ小さな穴を開けたものは黒体とみなせます.この「空洞」で電磁波の輻射について考察したのがPlanckです.
注意
現実には完全な黒体は存在せず,吸収することのできる電磁波のエネルギーは黒体よりも少ない量になります.黒体と比較して現実の物体が吸収できるエネルギーの割合は放射率 (emissivity) $\varepsilon$ *1として定義されます.
Planckの輻射公式
『空洞の電磁場の系が熱平衡状態にある場合(カノニカル分布)の「エネルギー密度」』を与える公式を,Planckの輻射公式と呼びます.ここで,空洞とは温度$T$の熱浴に接する,中身が真空の箱のことを指します.空洞は真空なので物質は無いですが,電磁場は存在し得えます.以下では,空洞の体積を$V$とします.
さっそく,電磁場が各振動数からなる独立な調和振動子の集まりとみなせること(*2)にもとづいて,エネルギー密度を計算しましょう.
エネルギー期待値(1モード)
振動数$\nu$の電磁場がとり得るエネルギーはE_n=n\cdot h\nu\quad(n=0,1,2,...)
\end{aligned}
よって,単一モード電磁場(振動数$\nu$)のエネルギー期待値は
& \varepsilon(\nu, T) = \langle E\rangle \\
&=\sum_{n=0}^\infty nh\nu\frac{\exp(-nh\nu/k_{B}T)}{\sum_{n=0}^\infty \exp(-nh\nu/k_{B}T)} \\
&= \frac{-\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}x} \sum_{n} e^{-nh\nu x}}{\sum_{n} e^{-nh\nu x}}
= -\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}x} \log \biggl(\sum_{n} e^{-nh\nu x} \biggr) \\
&= \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}x} \log (1 - e^{-h\nu x})
= \frac{h\nu e^{-h\nu x}}{1 - e^{-h\nu x}} \\
&=\frac{h\nu}{\exp(h\nu / k_{B}T)-1}
\end{aligned}
状態数
次に,モード数を計算しましょう.箱が1片の長さ$L$の立方体($V=L^{3}$)であるとすれば,境界条件から
k_i=m_i\cdot \frac{2\pi}{L}\qquad(i=x,y,x,\quad m_i=0,1,2,...)
\end{aligned}
& 2\cdot \biggl[\int_{|\boldsymbol{k}|\leq k} \mathrm{d}^3k\Bigl/(2\pi/L)^3\biggr] \\
&= 2 \cdot \frac{4}{3}\pi k^{3} \cdot \frac{L^{3}}{8\pi^{3}}
= V\frac{k^3}{3\pi^2} = V\frac{(2\pi\nu/c)^3}{3\pi^2} \\
&= V\frac{8\pi\nu^{3}}{3c^{3}}
\end{aligned}
体積$V$,$\nu$〜$\nu+\mathrm{d}\nu$にある状態数を
V g(\nu) \mathrm{d}\nu
\end{aligned}
g(\nu)
&= \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\nu} \frac{8\pi\nu^{3}}{3c^{3}} \\
&= \frac{8\pi\nu^{2}}{c^{3}}
\end{aligned}
エネルギー密度(Planckの輻射公式)
以上より,単位体積・周波数あたりのエネルギー(エネルギー密度)はu(\nu, T)
&=g(\nu)\cdot \varepsilon(\nu, T) \\
&=\frac{8\pi h\nu^{3}}{c^{3}} \frac{1}{\exp(h\nu / k_{B}T)-1}
\tag{1}
%\label{eq:PlanckFormula}
\end{aligned}
$\nu =c /\lambda$を使って波長$\lambda$で表せば
& u(\lambda, T) = u(\nu, T) \biggl|\frac{\mathrm{d}\nu}{\mathrm{d}\lambda}\biggr| \\
&=\frac{8\pi h}{\lambda^{3}}\frac{1}{\exp(hc/ k_{B}T\lambda)-1} \cdot \frac{c}{\lambda^{2}} \\
&=\frac{8\pi h c}{\lambda^{5}}\frac{1}{\exp(hc/ k_{B}T\lambda)-1}
\end{aligned}
分光放射輝度(スペクトル)
黒体を外から眺めてみます.黒体表面の微小な面に着目すると,この面からはあらゆる方向に等方的にエネルギーが放射されています.そこで,この面を通る,ある立体角方向だけの電磁波を考えると,単位時間あたり「((見ている方向に射影した面の)面積)$\cdot c \times (u\cdot$(立体角の大きさ)$/4\pi)$」のエネルギーが通過します(※$u$はすべての方向の電磁波のエネルギーを含むため,ある立体角方向だけの成分を抜き出すと$u\times $(立体角の大きさ)$/4\pi$になる).したがって,分光放射輝度(((見ている方向に射影した黒体の面の)単位面積)を,単位立体角方向に,単位時間あたりに通過するエネルギー,関連記事[A]参照)は
B(\nu, T)
&= \frac{c}{4\pi} u(\nu, T)
= \frac{2 h\nu^{3}}{c^{2}} \frac{1}{\exp(h\nu / k_{B}T)-1} \\
B(\lambda, T)
&= \frac{c}{4\pi} u(\lambda, T)
= \frac{2 h c^{2}}{\lambda^{5}}\frac{1}{\exp(hc/ k_{B}T\lambda)-1}
\end{aligned}
これが,黒体を見ている我々が観測するスペクトルです.
輝度に方向依存性がないことから,「完全拡散面」です.したがって,分光放射発散度(黒体の単位面積から,半空間全体に放射される単位時間あたりのエネルギー)は
M(\nu, T) = \pi B(\nu, T)
\end{aligned}
スペクトルのピーク位置
$u(\nu, T)$のピーク位置は$x=h\nu / k_{B}T$とするとき,f(x) = \frac{x^{3}}{e^{x} - 1}
\end{aligned}
\frac{\mathrm{d}f}{\mathrm{d} x}(x)
&= \frac{x^{2}}{e^{x} - 1}\biggl(3 - \frac{xe^{x}}{e^{x} - 1}\biggr)
\end{aligned}
x - 3(1-e^{-x}) = 0
\end{aligned}
wolframalphaで計算すると,$x \simeq 2.82144$となります.
つまり,ピーク周波数は$\nu_{\mathrm{max}} \simeq 2.82 k_{B}T/h$となります.
ピーク波長について,$\lambda_{\mathrm{max}} \neq c/\nu_{\mathrm{max}}$であることに注意しましょう.分布が異なるからです.$u(\lambda, T)$のピーク位置は,$x=hc/ k_{B}T\lambda$とするとき,
f(x) = \frac{x^{5}}{e^{x} - 1}
\end{aligned}
\frac{\mathrm{d}f}{\mathrm{d} x}(x)
&= \frac{x^{4}}{e^{x} - 1}\biggl(5 - \frac{xe^{x}}{e^{x} - 1}\biggr)
\end{aligned}
x - 5(1-e^{-x}) = 0
\end{aligned}
スペクトルの計算例
スペクトルを計算するPythonコード:黒体輻射のスペクトル(Pythonコード) - Notes_JPStefan-Boltzmannの法則
放射発散度(黒体の単位面積から,半空間全体に放射される単位時間あたりのエネルギー)を計算すると& \int_{0}^{\infty} M(\nu, T) \, \mathrm{d}\nu
= \int_{0}^{\infty} \pi B_{\nu}(\nu, T) \,\mathrm{d}\nu \\
&=\frac{2\pi (k_{\mathrm{B}}T)^{3}}{c^{2} h^{2}}
\int_{0}^{\infty}
\frac{(h\nu /k_{\mathrm{B}}T)^{3}}{\exp(h\nu/k_{\mathrm{B}}T) - 1}
\,\mathrm{d}\biggl(\frac{h\nu}{k_{\mathrm{B}}T}\biggr)
\frac{k_{\mathrm{B}}T}{h} \\
&=\frac{2\pi (k_{\mathrm{B}}T)^{4}}{c^{2} h^{3}}
\int_{0}^{\infty}
\frac{x^{3}}{e^{x} - 1}
\,\mathrm{d}x \\
&=\frac{2(k_{\mathrm{B}}T)^{5}}{c^{2} h^{3}} \cdot 3! \frac{\pi^{4}}{90} \\
&=\frac{2\pi^{5}(k_{\mathrm{B}}T)^{4}}{15 c^{2} h^{3}} \\
&= \sigma T^{4}
\end{aligned}
\sigma
=\frac{2\pi^{5} k_{\mathrm{B}}^{4}}{15 c^{2} h^{3}}
=\frac{\pi^2 k_B^4}{60c^2\hbar^3}
\end{aligned}
面から面への伝熱
空洞放射
先の議論によって,熱平衡状態にある空洞に小さな穴を開けると,式(1)だけのエネルギーを放射し続けることがわかりました.空洞の穴の面$S_i(s_1,t_1)$から面面$S_2(s_2,t_2)$への放射を考えましょう.今,面の法線$\boldsymbol{n}_i(s_i,t_i)$と放射方向 ($\hat{\boldsymbol{r}}=\boldsymbol{r}/r$) のなす角度を$\theta_i$とします$(i=1,2)$.
このとき,空洞から面$S_2(s_2,t_2)$への単位時間あたりの放射エネルギーは
&\int_0^\infty\mathrm{d}S_2\int_{S_1} \int_{S_2}
\textcolor{blue}{u(\nu, T)c\hat{\boldsymbol{r}}\cdot\mathrm{d}{\boldsymbol{S_1}}}\frac{\hat{\boldsymbol{r}}\cdot\mathrm{d}{\boldsymbol{S_2}}}{4\pi r^2}\\
&=\frac{\sigma T^4}{\pi}
\int_{S_1} \int_{S_2}
\dfrac{\cos\theta_1 \cos\theta_2}{r^2}
\,\mathrm{d}S_2\mathrm{d}S_1
\end{aligned}
形態係数
以上より,面$S_i$から面$S_j$へ伝わる,単位時間あたりのエネルギーがQ_{ij}=
\sigma T^4
\int_{S_i} \int_{S_j}
\dfrac{\cos\theta_i \cos\theta_j}{\pi r^2}
\,\mathrm{d}S_j\mathrm{d}S_i
\end{aligned}
いま,形態係数を
F_{ij} &=
\int_{S_i} \int_{S_j}
\dfrac{\cos\theta_i \cos\theta_j}{\pi r^2}
\,\mathrm{d}S_j\mathrm{d}S_i
\Bigl/
A_i \\
A_i &=\int_{S_i}\mathrm{d}S_i
\end{aligned}
Q_{ij}
=\sigma T^4 A_iF_{ij}
\end{aligned}
また,形態係数の定義から簡単にわかるように,
A_iF_{ij}=A_jF_{ji}
\end{aligned}
$Q_{ij}$は面$S_i$から面$S_j$へ伝わる,単位時間あたりのエネルギーでした.
よって,すべての面$S_j$に関して総和を取れば$A_i$から発せられる総エネルギーに等しく,
\sum_jQ_{ij}=\sigma T^4 A_i
\end{aligned}
\sum_jF_{ij}=1
\end{aligned}
参考文献
- 大学演習 熱学・統計力学〔修訂版〕
- 熱力学: 現代的な視点から (新物理学シリーズ 32)
- 量子力学1 (KS物理専門書)
- 量子力学(2) (KS物理専門書)
- 統計力学 (岩波基礎物理シリーズ 7)
- 伝熱工学 (東京大学機械工学 6)
- プランクの法則 | 天文学辞典
*1:定義から,$0\leq\varepsilon\leq 1$.
*2:例えば次の方法により示される:
*3:Planckが黒体輻射の文脈で考え,Einsteinが光の一般的性質へと拡張した.
*4:面要素$\mathrm{d}S_2$を見込む立体角
*5:$r,\theta_1,\theta_2$が$s_1,t_1,s_2,t_2$の関数であることに注意!