【読書メモ】素粒子論はなぜわかりにくいのか(吉田伸夫)

POINT

  • 「場の理論」の直感的な説明を試みた書籍.
  • 場の理論を勉強する前に読んでおきたい本です!

以下(3冊)の書籍のメモです(【注】自分がわかりやすいように解釈し直しているので,誤りを含む可能性があります).著者の場の理論に対する説明は一貫しており,わかりやすいです.「量子論」版も出版されています.

同じ著者で,量子論の発展〜場の理論を(歴史的な背景を含めて)より詳しく説明した書籍に次があります.上の2冊よりも読み応えがあります.

著者webページ:科学と技術の諸相


著者は違いますが,さらに読み応えがある本として,朝永振一郎「スピンはめぐる」があります.
【読書メモ】スピンはめぐる(朝永振一郎) - Notes_JP

素粒子

素粒子は「粒子」ではない

本書では「場の理論」の数式を,そのまま現実のものとして解釈する立場をとっている.つまり,素粒子に対応する「場(関数のようなもの)」がエネルギーを得て振動する(励起)と,粒子のように振る舞うことがある,という解釈をする.

本書の考え方:素粒子の実態は波であり,波が粒子のように振る舞っている。

素粒子論はなぜわかりにくいのか 第3章「流転する素粒子」Q&A (pp. 69-70)

相互作用のない場は,粒子性をもつ.

摂動論の計算では,相互作用を無視した際に(計算上)粒子として振る舞う「仮想粒子」が現れるが,これは実在する粒子ではない.

場の量子論で,あらゆる物理現象を素粒子の反応に還元して解釈するのは,摂動論の観点である.

素粒子論はなぜわかりにくいのか 第6章「何が究極の理論を阻むのか 」(p.173)

「素粒子の交換(キャッチボール)によって力が生じる」というのは,摂動論の「計算」を比喩で表現したに過ぎず,実際の現象を表すものではない.また,「中間子の交換によって,陽子・中性子に結合力が生じる」に対応した計算は,相互作用が弱くないために摂動論で近似することもできない.

素粒子は「不変」ではない

例えば,中性子が陽子に変化するベータ崩壊(ベータ崩壊 - Wikipedia)では,dクォークがuクォークに変化する.

素粒子と「場」の関係

我々が知覚できる「現実の空間(外部空間)」の各点に,「仮想的な空間(内部空間)」を考える.この「仮想的な空間」に値をとるのが「場」である(要は「現実の空間の各点」を「仮想的な空間の点」に対応させる関数.電磁場が一例).

「場」が「(仮想空間で)エネルギー量子」の整数倍のエネルギーしか取ることができず,「エネルギー量子」が「現実の空間」を移動する現象を「素粒子」と呼んでいる.

「場」は必ずしも粒子的に振る舞わない.例えば,中間子は,原子核内部では(相互作用が強いため)粒子的には振る舞わず,相互作用がなくなる原子核外では粒子として振る舞う.また,摂動論では相互作用を無視した場を考えるが,このとき「場」は粒子として振る舞う.

質量

「質量」はエネルギーの一種である

質量は「エネルギー」の一種である.エネルギーは保存するが,質量(エネルギーの一部だけ)は保存しない.

物質の内部にエネルギーを閉じ込め,外から見ると質量が増える.例えば,「陽子(陽子 - Wikipedia)」は「uクォーク2つ」と「dクォーク1つ」からなるが,「クォークの質量の和 $\ll$ 陽子の質量」である.相互作用のエネルギーが質量の大部分を生み出している.

物質でなくても加速度を生じる.エネルギー量子のような「エネルギーの塊」は,$E = mc^{2}$によって慣性$m$をもち,外部から力が加わると加速度運動する.

素粒子の「質量」は振動のエネルギーである

フックの法則$F = kq$(ばね定数$k$,変位$q$)で例えると,ばね定数$k$が素粒子の質量を決定する.

電磁場では$k = 0$のため,光子の質量はゼロ.同様に,グルーオンも質量ゼロ.


ヒッグス機構(ゲージ対称性の自発的破れ)

素粒子の質量が異ゼロでないことを説明するために「ヒッグス場」が(間に合わ的に)導入された(ヒッグス機構 - Wikipedia).
※ヒッグス粒子は,ヒッグス場の励起によって生じた波動が粒子のように振る舞っている状態.

ヒッグス場がすべての「現実の空間(外部空間)」の各点に対応する「仮想的な空間(内部空間)」で同じ(偏った)値に凝集すると,内部空間の次数に対応した素粒子が異なる質量を持つ($\mathrm{SU}(2)$の内部空間:uクォークとdクォーク,電子とニュートリノ).

フックの法則のばね定数$k = k^{\prime}\phi$で例えると,ヒッグス場$\phi$が凝集していないときは$\phi = 0$(よって質量ゼロ),凝集すると$\phi \neq 0$(よって質量をもつ)を意味する.「偏った値に凝集」することは,ばね定数の値が素粒子で異なることを意味する(凝集する方向が,dクォーク・電子の方向).

上記のように,ヒッグス場が質量に寄与するのは,電子やクォークである.原子の質量の約99%は,内部に閉じ込められたエネルギーに由来していて,ヒッグス場の寄与は殆どない.

(おまけ)「質量」がゼロだと静止できない

ゼロでないエネルギー($E\neq 0$)をもつ粒子が静止できる(運動量$p=0$)のは,質量をもつ場合($m \neq 0$)だけである(静止エネルギー - Wikipedia):
\begin{aligned}
E = \sqrt{p^{2}c^{2} + m^{2}c^{4}}
\end{aligned}
したがって,電子(質量を持つ)は静止できるが,光子(質量ゼロ)は静止できない.

(おまけ)重力を生み出すのは「質量」ではなく「エネルギー」である

一般相対性理論で「重力」を生み出すのは,「質量」ではなく「エネルギー(エネルギー・運動量テンソル)」である(アインシュタイン方程式 - Wikipedia).

電荷

電荷は場同士の相互作用の強さとして定義され,粒子がもつ量ではない.場全体に固有の値であるため,すべての電子は完全に同一の電荷をもつ.

ゲージ場

ゲージ場

空間のゆがみは「ゲージ場」で表すことができる.

「現実の空間(外部空間)」のゲージ場が「計量場(重力場)」である.重力場の振動は「重力波」として伝播する.

「場が値を取る仮想的な空間(内部空間)」のゲージ場の振動は,「現実の空間(外部空間)」を「ゲージボソン」として伝播する.

「ゲージ理論」は,素粒子の相互作用はゲージ場を介して起きるとするものである.

内部空間の分類(ゲージ対称性)

標準模型の内部空間は,ゲージ対称性により3つに分類される.
  • $\mathrm{SU}(3)$
  • $\mathrm{SU}(2)$
  • $\mathrm{U}(1)$

内部空間の自由度($(\cdot)$内の数字)が,素粒子の種類に対応している.ゲージ場との相互作用によって,その種類の素粒子が互いに変化し合う.

次元が1より大きい内部空間では,ゲージ場は自身と相互作用する.電磁場は1次元のゲージ場であるため,光同士は相互作用しない.

標準模型は,ゲージ対称性を持つ場の量子論である.

繰り込み

古い本には繰り込みが無限大から無限大を引く奇妙な計算法として紹介されていることがある.この考えは1960年代にウィルソンらによって改良され,「粗視化によって,あるスケール以下の現象を除いた有効理論をつくること」だとされた.したがって,現在の物理学では,怪しげな考え方は使われていない.

  • 量子電磁力学が繰り込み可能であること:朝永振一郎とシュウィンガーが証明(量子電磁力学 - Wikipedia).
  • ゲージ理論が繰り込み可能であること:トフーフトが証明.
  • 重力:アインシュタインの重力理論を(マクスウェル電磁気学と同じように)量子化した理論は繰り込み可能でない(繰り込み - Wikipedia).


量子力学(粒子の量子論)

場の理論と量子力学の関係

量子場の理論は,量子力学に対する上位理論であり,量子力学は,量子場の理論における粒子的な振る舞いを粒子そのもので近似した理論にすぎない.

光の場、電子の海 第7章「量子場の理論」p.175

量子力学
(粒子の量子論)
場の理論
相対論的? 非相対論的
(相互作用の伝播速度 $>$ 光速)
相対論的
不確定性関係の表現 粒子の位置が確定しない 場の強度が不確定
二重スリット実験の解釈 現実には存在しない(計算上の概念の)波動関数が2つに分かれてスリットを通過する 実在する場の波動が2つに分かれてスリットを通過する
粒子か波か 粒子と同時に波である 波が粒子のように振る舞う
粒子の位置$\bm{q}$ 粒子が位置$\bm{q}$で表す. 場$\phi$があらゆる場所$\bm{x}$で取る値$\phi(\bm{x})$が,位置$\bm{q}$に対応する.
波動関数
(表式と意味)
関数$\Psi(\bm{q})$: 粒子が位置$\bm{q}$に存在する確率振幅. 汎関数$\Psi(\phi)$: 場$\phi$が時空$(\bm{x}, t)$でそれぞれ$\phi(\bm{x}, t)$という値をとる確率振幅.
実用性 あり:波動関数$\Psi(\bm{q})$を計算できる. なし:殆どの場合に,$\Psi(\phi)$の具体的な計算が(コンピュータでも)不可能.

波動力学・行列力学・経路積分

波動力学 - Wikipedia
行列力学 - Wikipedia
経路積分 - Wikipedia

波動力学 行列力学 経路積分
考え方 波動関数のダイナミクスを考える. 量子数の確定した状態間の遷移規則を記述し,遷移の過程のダイナミクスは記述しない(観測できるデータ間の関係を記述する). 始状態から終状態への遷移振幅は,作用に応じて振動する波の「始状態から終状態へのすべての経路」の寄与を足し合わせたもの.
原理 シュレーディンガー方程式 正準交換関係,ハイゼンベルク方程式 経路積分


不確定性



豆知識

「第2量子化」と「場の量子化」の違い

これらは区別されない事が多いが,違うらしい(「量子論はなぜわかりにくいのか (第4章)」).

ディラックが電子と光子を「粒子」と考えて波動関数を導入した後に演算子化したのが「第2量子化」.

ヨルダンが電子と光子を「場の振動によるエネルギー量子」と考え,場を拡張された交換関係を満たす演算子としたのが「場の量子化」.