応力テンソルとは

POINT

  • なぜ,応力がテンソルで表されるのか.
  • 応力を考えると自然にテンソルが必要になる.

「テンソル(tensor)」の語源は「張力(tension)」であると言われています.ここでは,応力を考えることで,自然にテンソルの概念が現れることを見てみます.
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応力

連続体(例えば,流体)中の応力は次で定められます.
応力の定義
 連続体中の点$\boldsymbol{x}$を通る平面$S$を考える.さらに,平面$S$の法線方向を定め,平面$S$を挟んで法線方向にある領域を正の側,法線方向と反対側の領域を負の側と呼ぶ.
 このとき「正の側にある連続体が,負の側の連続体に対して及ぼす単位面積あたりの力」を「応力(ベクトル)」と呼ぶ.
ここで,応力は位置$\boldsymbol{x}$だけでは決まらず,応力の働く面$S$(とその方向)のとり方に依存することに注意しましょう.つまり,応力ベクトルは
  1. 位置$\boldsymbol{x}$
  2. 応力の働く面$S$(とその法線方向)
2つを決めて初めて定まります.面$S$(とその法線方向)は,面$S$の法線ベクトル$\boldsymbol{n}$(*1)によって一意に定まるため,応力ベクトル(場)は
  1. 位置$\boldsymbol{x}$
  2. 応力の働く面$S$の法線ベクトル$\boldsymbol{n}$
の2つをパラメータとして
応力ベクトル(場)の表式
\begin{aligned}
\boldsymbol{p}_{\underset{\mathrlap{\small{\! \uparrow\text{面}S\text{を定める}}}}{\boldsymbol{n}}}
\overset{\mathrlap{\small{\!\! \downarrow \text{位置}\boldsymbol{x}\text{を定める}}}}{(\boldsymbol{x})}
\end{aligned}
と表すことができます.
【補足】
細かい話ですが,$\boldsymbol{p}_{\boldsymbol{n}}$は「各点$\boldsymbol{x}$」に「ベクトル$\boldsymbol{p}_{\boldsymbol{n}}(\boldsymbol{x})$」を対応させる関数です.このような関数を「ベクトル場」と呼びます.


ここで,応力を表現するには(点$\boldsymbol{x}$を固定して考えるとき)「力の方向を表すベクトル」に加えて「面のとり方を表すベクトル」が必要になることがポイントです.これによって,応力テンソルには2つの添字が現れるのです.ベクトル量である「力」と比較してしてみましょう:

種類 成分表示
ベクトル $F_{\underset{\mathrlap{\footnotesize{\uparrow\text{力の方向}}}}{i}}$
応力 テンソル $p_{\underset{\mathrlap{\footnotesize{\!\uparrow\text{面の法線方向}}}}{i}\overset{\smash{\mathrlap{\substack{\footnotesize{\!\downarrow\text{力の方向}}\\[0.75em]}}}}{j}}$
こうして並べてみれば想像できるように,ベクトルも添え字が1つのテンソルと言うことができます.さらに,スカラーは添字が0個のテンソルとして扱われます.

応力テンソル

具体的に$\boldsymbol{p}_\boldsymbol{n} (\boldsymbol{x})$の表式を考えると,応力テンソルが自然に得られることを示します.

応力ベクトル$\boldsymbol{p}_\boldsymbol{n} $が働く面$S$(法線ベクトル$\boldsymbol{n}=(n^1,n^2,n^3)$)を1つの面とする(無限小の)四面体を考えます(下図).

応力テンソル
応力$\boldsymbol{p}_\boldsymbol{n}$のかかる面($\boldsymbol{n}$は法線ベクトル)

この「四面体全体」では,力の釣り合いが成り立っているはずです.つまり,四面体のすべての面に働く力(=応力×面積)を合計すればゼロとなるので,

\begin{aligned}
0=&\boldsymbol{p}_\boldsymbol{n}S \\
&+\boldsymbol{p}_{-\boldsymbol{e}_1} (S\boldsymbol{n} \cdot\boldsymbol{e}_1) \\
&+\boldsymbol{p}_{-\boldsymbol{e}_2} (S\boldsymbol{n} \cdot\boldsymbol{e}_2) \\
&+\boldsymbol{p}_{-\boldsymbol{e}_3} (S\boldsymbol{n} \cdot\boldsymbol{e}_3)
\end{aligned}
が成り立ちます(*2).ここで,$\boldsymbol{e}_1,\boldsymbol{e}_2,\boldsymbol{e}_3$は$x,y,z$軸方向の単位ベクトルとし,面$S$の面積を同じ記号$S$で表しました.以下では,簡単のため$\boldsymbol{p}_i=\boldsymbol{p}_{\boldsymbol{e}_i}$と書くことにします.ここで,作用・反作用の法則($\boldsymbol{p}_{-\boldsymbol{e}_i}=-\boldsymbol{p}_{\boldsymbol{e}_i}$)を利用すれば,面$S$に働く応力ベクトル$\boldsymbol{p}_\boldsymbol{n}(\boldsymbol{x})$が
\begin{aligned}
\boldsymbol{p}_\boldsymbol{n}(\boldsymbol{x})
&=n_1\boldsymbol{p}_1(\boldsymbol{x})
+ n_2\boldsymbol{p}_2(\boldsymbol{x})
+ n_3\boldsymbol{p}_3(\boldsymbol{x}) \\
&=\sum_i n_i \boldsymbol{p}_i(\boldsymbol{x})
\end{aligned}
と,$x,y,z$軸方向の応力ベクトルに分解できることがわかりました.

ここで,ベクトル$\boldsymbol{p}_i(\boldsymbol{x})$の$j$成分を$p_{ij}(\boldsymbol{x})$で表す(つまり,$p_{ij}$は$i$軸に垂直な面に働く$j$方向の力を表す)と,

\begin{aligned}
\boldsymbol{p}_{\boldsymbol{n}}(\boldsymbol{x})
&=\sum_{i,j} n_i p_{ij}(\boldsymbol{x}) \boldsymbol{e}_j
\tag{1} %\label{eq:stress-tensor-relation}
\end{aligned}
と表わせます.ここで,ここで,$p_{ij}(\boldsymbol{x})$は「応力テンソルの成分」と呼ばれます.このように,「応力」を考えることで,「テンソル」が自然に現れることがわかりました.

【補足】
上で$p_{ij}(\boldsymbol{x})$は「応力テンソル$\mathsf{P}(\boldsymbol{x})$の成分」と呼ばれるものだと説明しました.それでは,応力テンソルはというと,以下で定義されます:
応力テンソル
応力の働く面$S$の法線ベクトル$\boldsymbol{n}$に作用し,応力ベクトル$\boldsymbol{p}_{\boldsymbol{n}}(\boldsymbol{x})$を返す関数$\mathsf{P}(\boldsymbol{x})$を「応力テンソル」と呼ぶ.すなわち,応力テンソル$\mathsf{P}(\boldsymbol{x})$は
\begin{aligned}
\boldsymbol{p}_{\boldsymbol{n}}(\boldsymbol{x})
&=\mathsf{P}(\boldsymbol{x}) \boldsymbol{n}
\end{aligned}
で定義される.
式$(1)$において,両辺の$i$成分に着目すると
\begin{aligned}
[\boldsymbol{p}_{\boldsymbol{n}}(\boldsymbol{x})]_i
=\sum_{j} p_{ji}(\boldsymbol{x}) n^j
\end{aligned}
となります.したがって,応力テンソル$\mathsf{P}(\boldsymbol{x})$は行列
\begin{aligned}
\mathsf{P}(\boldsymbol{x})
&=
\begin{pmatrix}
p_{11}&p_{21}&p_{31} \\
p_{12}&p_{22}&p_{32} \\
p_{13}&p_{23}&p_{33}
\end{pmatrix}
\end{aligned}
で与えられます(関連記事:テンソルと行列が混同される理由 - Notes_JP).

ここで,$[\mathsf{P}]_{\textcolor{red}{i} \textcolor{blue}{j}}=p_{\textcolor{blue}{j}\textcolor{red}{i}}$であることに注意しましょう.

また,「ベクトル場」の考え方と同様に,$\boldsymbol{x}$に$\mathsf{P}(\boldsymbol{x})$を対応させる関数$\mathsf{P}$は「テンソル場」です.

参考文献/記事

*1:面に垂直な単位ベクトル.ある領域の表面を考える場合,向きは領域の外側を向くように取る(例:後で出てくる四面体の図).

*2:四面体を十分小さく取れば加速度や外力などの体積に働く力は,面に働く力に比べて無視できる.詳しくは参考文献[2] $\text{\sect} 56$を参照.